米長元名人対将棋コンピュータボンクラーズの対戦で、ボンクラーズが飛車を行ったり来たりさせた手順がありましたが、あれは困っていたのではなく巧妙な手待ちだったのではないでしょうか?
米長陣は盛り上がって押さえ込みの体制を築きましたが、結局攻めの手順を見出せず、一瞬の隙を咎められ大差で負けてしまいました。
将棋の常識で、手損をするのは良くないとか、先手は千日手にすると損、というのはそもそも間違った認識ではないでしょうか?いくら手損をしても相手が攻め込んでくる隙がなければ負けることはないし、先手で千日手をしても先後が入れ替わって指し直しになるだけですよね?したがって、手損をしたり、先手が千日手を狙うのが最善ということもありますよね?手損をしようが先手が後手になろうが、負けなければ良いわけですから。
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コンピュータは体力が無制限に近いのに米長先生は生身です。
故に千日手打開はやむを得なかったと思います。
また、人間と違ってコンピュータには恐怖がないから厚みを築いても手待ちができますが、人間は有効手を指そうとして自滅する可能性が高いので実践的には駒を前に進めた方が勝率は高いと思います。
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手損や千日手に関する考え方というのは、ここ数年の間にプロ棋士の中でも大きく変化しつつあります。
これは言うまでもなく、一手損角換わりや角交換振り飛車の流行が影響しているものです。少なくとも現代のプロ棋士の中で「手損は良くない」と主張する人はごくわずかでしょう。
今回のボンクラーズの指し手は、確かに「コンピュータならでは」と言うべきものでした。これはあくまで想像ですが、ボンクラーズのプログラムの中では「仕掛ける直前まではこの形が最善形だ」という認識があり、それを崩さないための手段として、あのような露骨な手渡し、というものがインプットされているのだと思います。
実は、人間同士の将棋でも、このようなテクニックというのは存在しているのです。
有名な所では、一昨年の竜王戦第6局(羽生-渡辺)が挙げられます。
http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=72971
この将棋の41手目から56手目までの手順は、「パス合戦」などと呼ばれていますが、要はどの形で仕掛けるのが最善か、ということをお互いに模索しているわけです。
ただ、ボンクラーズの指し方については、これを真似する人間はほとんどいないと思われます。これは人間が振り飛車という戦型を学ぶときは、「仕掛ける手段がないときは、自陣の囲いを高美濃や銀冠に発展させていきなさい」という教えを誰もが受けているからです。
米長さんにしてみれば、自分がミスをしたから負けたわけであり、コンピュータの作戦が巧妙だった、とは考えていないと思います。元々米長さんは、現役時代でも序盤での千日手というのは(先手でも後手でも)極端に嫌う人でしたから。
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飛車を行ったり来たりの一人千日手のような指し方は今のソフトの癖です、結果的に手待ちと言えなくもないですが、実際は巧妙な手待ちでも何でもありません、ただ手が無くて困っていただけです、相手側に万全の体勢を作られるかもしれない指し方です(改善の余地あり)。米長氏側は隙を見せなければ(左金など動かさず)、3一角の余地を残して、7二王とか指していれば局面のリードを保っていたと感じます、米長会長側の悪くて千日手、好くて押しつぶしになっていたと思います。
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米長さんとボンクラーズの公式見解が出たわけではないので個人意見の域を脱しませんが、困っている/手待ち、私はどちらとも言えるんではないかと思います。
1.形勢判断
米長さんは飛車の左右運動にはこちらの思惑通り完璧に差し回したとの感想でした。対するボナンザは形勢指標(非公開)を見てみないとわからないところでしょう。
2.戦形
米長さんは入玉を最終目標とした位取り/押さえ込み作戦でした。しかし金銀四枚は上部に手厚くするだけで、囲いといえるものではありませんでした。対するボナンザは本美濃囲いの堅陣で対抗しました。押さえ込みに対し盛り上がって5段目で対抗するのではなく、低く構えて、4段目に焦点を合わせていました。あの陣形では手損の影響はありません。
質問者さんが感じとったのもそこだとおもいます。
3.千日手
千日手は米長さん側が回避しなければなりません。指し直しになれば疲れ知らずのCPUが有利なのもそうですが、何よりこの日のために後手番に絞って研究してきたわけです。CPUが千日手を歓迎していたなら、巧妙な手待ちと言えると思います。
他、盤解説の竜王の見解等々、切り口はまだまだありますがこの辺にいたします。
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米長会長は、千日手にすれば良かったと思います。
米長会長は後手でしたから、千日手になれば、先手になります。
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